復活!まるを講(西荻富士登山隊)

西荻に富士山があるのをご存知ですか。

井草八幡宮の北側、駐車場の敷地のところにいわゆる富士塚があります。これはもともと、井草八幡宮の境内にあった富士塚が神社の改修にともない移築されたもので、この辺り一帯に「まるを講」という富士山信仰があった名残です。まるを講というのは正確には、◯の中に「を」を書いてまるを講といいます。この「を」というのはこの辺りの旧地名である遅野井(をそのゐ)から取っているという説が有力です。今も神社内に当時の信仰の名残を示す石灯籠(区文化財)があります。また、年に一度しか開かない文華殿(神社の宝物殿)には、北口本宮冨士浅間神社の境内図が収蔵されています。

この富士講は、上井草村(遅野井村)から出て、吉田口(現・富士吉田市)の槙田家という御師の家(富士講の宿坊)に泊まり、そこから富士山へ登頂しました。「先達」と呼ばれる講のリーダーが木花咲耶姫の像が納められた厨子を背負い、頂上で厨子を開けて祈祷し新たなエネルギーをもらう、というようなことが講の一連の流れです。この地域の富士講は戦前にはだいぶ下火になっていて、現在その記憶のある人もかなりわずかなようです。

話がちょっとかわりますが、先日、この槇田家の槇田さんにお会いする機会を得ました。現在は富士吉田の槇田家(伝室町時代築の超絶古民家!)にお住まいなのですが、なんとなんと槇田さん、ほびっと村プラサード書店を作った人だったのです。長本兄弟商会のナモさんのトークショーで司会をしていたのが槇田さん。

槇田さんも西荻時代には善福寺に在住。当時は井草八幡宮に自分の家とゆかりのあるものが存在するということは全く知らなかったそうです。富士吉田出身の私と槇田さんが出会ったのも何かの縁。あるいは木花咲耶姫の導きか?

これは富士講復活!……はさすがに無理ですけど、先人たちの足跡をたどりながら、富士登山隊を出せたら面白いんじゃなかろうかと思っています。
ここ最近の富士登山はほぼ、バスやマイカーで五合目まで上がりますが、古式に則り、吉田口登山道を北口本宮冨士浅間神社から上がっていきます。私も三回登りましたが、下から登ったことは一度もありません。

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