第3回 あさ市(神明通り)【西荻のメディアと場】

西荻のメディアと場
第3回 あさ市(神明通り)
原田福夫さん 原田直子さん

西荻エリアでは珍しく、
定期的に車両通行止をする神明通りの「あさ市」。
40年前に始めた若者たちも、今や70代。
商店街がずっと担ってきた役割とはなにか。

あさ市は西荻の中でも歴史のあるイベントですね。
昭和50(1975)年10月が第1回目で、それからほぼ休まず毎月、第3日曜日にやっています。一度だけ休んだことがあって……なんだったかな、たしか台風が直撃したんだと思います。それ以外は、雨だろうが雪だろうが、ずっとやっています。幸い、極端に条件が悪かったことはあまりないですね。

始まった当時の空気を教えてもらえますか。
その頃は私たちもまだ30代でした。それこそ今でいったら「西荻ラバーズフェス」をつくった世代と一緒。近所の同世代の店主たちと、なにかやろう、ということで盛り上がり、いきおいでやったんです。この道だけで50軒くらいが参加し、商店ではない土建屋さんや運送屋さんも、ボランティアとして準備に携わりました。結果、1万人ともいわれるお客さんがこの小さな商店街に来たんです。交通規制は実はその当時、されてなかったんです。でも毎月1万人が来るわけですから、当然、交通は麻痺。その後、相談の上、交通規制がされるようになりました。
西荻南区民集会所/児童館のところは当時、空き地でした。最初の頃はそこにステージを組んで、いろいろな演し物を企画してやっていました。そんな感じのことが毎月ですから、いくら人が来るとはいえ、アイデアも枯渇、2年位でスタミナ切れしてきたんです。そこでちょっと上の世代の商店街の先輩たちが、手を貸してくださることになって、実施が継続できたんです。

4年ほど前にリニューアルしましたね。
ひとつは参加店が減ってきたことがあります。店主さんの高齢化や廃業があって、100軒以上あった商店街の店舗が少なくなってきたんです。一時は参加店が10軒程度にまでなりました。そこで、これまで東銀座会の会員だけが参加できるシステムだったのを広く開き、また参加料ももっと出しやすい金額にすることで活性化をはかったんです。昔からずっとがんばってきた店主さんからは、いろんな意見がありましたが、ここ最近はにぎわいが戻ってきたので、やはりやってよかったなあと思います。

新たに参加しているのはどんな人たちですか。
西荻東銀座会だけでなく、他の商店会に加盟しているお店、まだ店舗を持ってないんだけど、いつかお店をやりたい方の参加も増えました。それから町会での参加や、ラバーズフェスの実行委員会、YMCAなど、イベントやコミュニティの活動をしている人たちもいます。西荻南区民集会所での「西荻南きずなサロン」も連動してやっています。

今、商店街を巡る状況はどんな感じですか。
なにしろ、昔より物が売れなくなってきました。お金の使い方が変わってきたんです。なにか物を買うより、体験であったり、習い事であったり、自分自身に投資するというようなことだったらお金を使うけれど、物が売れないから大変です。でも商店街には、物を売るだけでない役割があると思うんです。それは人と人とが顔を合わせること。お店の人とお客さん、お店の人同士が何気ない会話をかわすこと。あさ市には今、若い世代の人たちがどんどん出店しています。その人たちと出会うこと自体が活力になるし、新たなアイデアをもらうこともあります。最近は商店会自体に加盟しないお店も増えてるでしょう。加盟しているとしても、テナントチェーンの店長さんたちは行事には参加してこない。でも東銀座会は、あさ市をきっかけに顔をあわせられるし、次の課題を共有できるんです。

これからの目標はありますか。
長年やってるけど、多かったり少なかったり、人の出ばかりは本当にわからない。よく晴れて気持ちがいい日だな、と思ってもガラガラだったり。不思議なものです。だから毎月の積み重ねが大切だなと思っています。
たとえば今から5年後、高齢化がさらに進んで、閉めていくお店がまた増える。私たちは路面店として、この商店街を次の世代に渡していく責任があると思っています。あさ市は幸い、新しい人がどんどん入ってきていますから、このいい循環を商店街にも活かしていきたいですね。

毎月第3日曜8時〜11時。神明通りを通行止にして行う。
メンバー=約40軒程度。
とりまとめは1人。参加応募対応など。
1975年10月が第1回。主催=西荻東銀座会
https://twitter.com/nishiogihigashi/

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