西荻案内所旅日記(4)鳥取県大山町「まぶや」と「おおさか」

途中で止まってしまっていた10月の滋賀・大阪・鳥取の旅日記の続きです。前回分はこちら

すとんと寝た翌朝。宿泊先である「まぶや」の二階からは大山がどーんと見えました。到着時はとっぷり日が暮れて、周囲はわからなかったのです。

まぶや

「まぶや」は、地域をつなぐコミュニティ・スペース。大山町にU・I・Jターンした人を中心とした「築き会」のメンバーが中心となって運営しています。もとは築約90年の「馬淵医院」という立派な古民家で、それをみなさんで改修したのです。今も残る畳敷きの診療室が新鮮でした。中庭には井戸もあり、もちろん蔵もあります。蔵は現在、カフェスペースとして利用されています。風の通りが気持ちいい建物です。
いろんな人のわくわくがつまっているこの場所で、「大山アニメーションプロジェクト」のために50日間のアーティスト・イン・レジデンス(アーティストの滞在型作品制作)をしているのが、われらがチャンキー松本さんといぬんこさん。ただ、この日は二人とも東北巡業中。台風のせいで帰着が遅れていました。

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まずは周囲の探検へ。風車をめざします。「古墳」と書かれた場所の脇を抜け、その先の農地にある風車。その向こうは日本海です。そういえば山陰道の海沿いはずーっと風車が並んでいました。東京にはあまりない風景ですが、スカイツリーとかヒカリエとかよりよっぽど「未来の風景」です。きっと未来の日本は、たくさんの風車がまわっているんだろうなあ。

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隠岐に島流しされていた後醍醐天皇が再挙兵のためにこの場所に上陸した、と伝える石碑が、海岸近くの塚の上にぽつんとありました。台風直後ということもあって「荒涼」という言葉がちょっと似合う雰囲気。遠くの山は大山です。きっと700年前も今も、風景的にはあまり変わっていないのでしょうね。

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朝食は青空亭の二人が毎日通っているという、山陰道ロードサイドのめし屋「おおさか」に行くことに。このあたり、旧地名を「逢坂」と言うそうです。
山陰道は流通の大動脈ですから、こちらの「おおさか」のようなトラック野郎たちのオアシスがそこらじゅうにあったのですが、高速道路開通(しかも鳥取県内は無料!)以来、軒並み閉店してしまったのだそうです。よく「うちのまわりはコンビニくらいしかないよ〜」という嘆き、あるいは「田舎自慢」を聞くことがありますが、山陰道沿いではそのコンビニが激減しているという状況。便利さ、真新しさ、経済の論理……そういったものを選んだ代償がじわりと押し寄せてきています。
「おおさか」はそういう厳しい状況に追い込まれながらも、根強いファンの声に応えながら現在も営業中。メニューは学食のように、並べられたお皿の料理を選ぶ形式。長距離ドライバーにもやさしい穏やかな味。ちょっと最初に取りすぎたかも? 普段着のごはんにほっとしました。

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北陸新幹線の「ストロー現象」が危惧されている昨今ですが、人がスムーズに流れることで失われるものがきっとあります。猛スピードで過ぎ去っていく風景のどこかにある、人が立ち止まり、滞り、休む場所。土日は快速電車通過の西荻も、ちょっとだけ似たところがあるのかなと思ったり。(まだつづけたかったけどここで終わりに……)

One Thought to “西荻案内所旅日記(4)鳥取県大山町「まぶや」と「おおさか」

  1. […] よくわからないまま、この日はすとんと寝てしまいました。移動というのは気づかぬうちにつかれているものです。すてきな中庭をちゃんと観察できたのは翌朝のことでした。(つづく) […]

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