山形に行ってきた(6)聖地に近づくその2

前回まで)骨董店・木土藍楽の渡部さん(ナベさん)の仕入れに便乗して山形へ。余目駅でナベさんと別れ、鶴岡に向かいます。

最初の回(こちら)でも書きましたが、山形県というのは、4つのエリアにわけることができます。村山置賜(おきたま)、最上庄内です。ナベさんがしきりに「うちは最上なんだけど、貧乏なんだよね〜。それに比べて庄内は、お米はとれるし北前船は来るしでお金があったわけ。家の大きさがちがうんだから」とつぶやいてました。山形県内でいちばん豊かな土地、それが庄内の酒田・鶴岡です。

ナベさんと余目駅で別れて羽越本線で鶴岡へ。羽越本線に乗るのは3年ぶりのこと。寝台特急あけぼので通過して以来です。そのあけぼのも、すでになくなってしまいました。新幹線網の整備がそれだけ進んでいるということなのでしょう。どんどん便利になっているような気がしますが、実際のところ、ただ忙しくなってるだけで、旅のいいところが失われているのはもちろん、「快適さ」も失われてきているような気がします。佐渡に行く時だって、速いジェットフォイルよりカーフェリーのほうが快適な気がするのは私だけでしょうか。

余談ですが、新幹線が通ったことで「おらが村」がちゃんと発展したところってあるのでしょうかね? 東京に吸収されただけじゃないですか? これには「ストロー効果」という言葉がちゃんとあるそうです。もし仮に経済的に上昇したとしても、すごく大事なことを失っちゃったりしてないかしら……。

脱線しました。
さて、鶴岡ではどのように行動しようか、2つの選択肢がありました。一つはバスに乗り、羽黒山方面に向かうというもの。頂上にある出羽三山神社に行けば、一気に羽黒山、湯殿山、月山の3つをめぐったことになってしまうという、たいへん効率のいい参拝となります。また、入口にある羽黒山五重塔は山形県を代表する国宝で、山寺とならんで「山形県」のアイコンであることは言うまでもありません。ただ、こちらのコースを選んだ場合、それだけで一日が終わってしまう、ということがあります。
もう一つは、鶴岡市立加茂水族館に行くというコース。クラゲの水族館として、全国的にも有名なのです。こちらだったら、見学後に鶴岡市内に戻ってのまち歩きもできそう。

というわけで今回は羽黒山はあきらめ、水族館に向かうこととなりました。駅前でバスを15分ほど待ち、約30分で到着です。

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入場者数で危機に瀕していたというこの水族館が、クラゲの展示を始めたのは2000年ころ。それが大ヒットし、現在の年間入場者数は、最ピンチ時の10倍くらいで高め安定。すごく珍しい海洋生物が必要、ではないのですね。とどのつまり、アイデアと愛、なのだと思います。

ウミネコのエサやりですよー」の館内アナウンスで、人がどどっと移動。行くとウミネコが飛来し、放った餌をついばんでました。海鳥へのエサやりならば佐渡のおけさ丸のほうがすごいぜと密かに思いつつ(笑)、その後ろに灯台を発見。山上の神社と灯台を見つけたら行くことにしています。

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この小さな灯台は、荒崎灯台というそうです。灯台に来ると「着いたぞーッ!」って感じがするもんだから、旅行のさいには(もしあれば)なるべく行くようにしています。灯台のある高台から大海原を眺め、はるか先に住んでいるだれか知らない人たちのことを考えてみたり。灯台という小さな「世界の果て」が、同時にどこか別の世界への入口でもある、そんなことをイメージしてしまうのです。

さて水族館も灯台も堪能したし、次はバスで鶴岡市内へ……と思ったら、なんと1時間以上もバスが来ないことが判明。とりあえず腹がへってきたので、水族館内のレストランで食事をしながら、時間つぶしをすることに。

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名物のクラゲラーメンを注文。魚介出汁の効いたほっとする味。クラゲだけでなくキクラゲも載っていて、食べ比べ(?)ができるんですね。「あれ、キクラゲってクラゲの仲間だっけ?」とか、バカなことを考えつつおいしくいただいてると、携帯電話のベルが鳴りました。あっ、ナベさんだ。
「どう、楽しんでる? 思ってたより早く終わったから、このあとまた案内できるよ〜」……ほどなくしてナベさんと再合流であります! ありがたや〜。「この後どうする予定? 今からなら羽黒山も行けるよ」……!!!!!! まさか、2つのコース選択肢で諦めたはずの羽黒山に行けることになるとは!ナベさん号はかっ飛ばしで羽黒山に向かいました。

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ナベさん号は軽やかに、羽黒山五重塔出羽三山神社をまわりました。乗用車なしだとこの2つは、バスを一旦下車して五重塔を見たあと徒歩で1時間かけて登るか、再度バスに乗車して終点までいくかなので、やたらに時間がかかるのです。

出羽三山神社前には鏡池という池があります。古来その池に銅鏡を奉納するのがならわしなのですが、ナベさんいわく「ここの池に沈んでる銅鏡、何枚か引き上げたらもう、大変なことですよ〜」。たたりが、とかではありません。あくまで骨董屋目線。
そうそう、ナベさんの仕入れは、ものすごく良かった、わけではなさそうですが、「○○○○の絵があったんだよね〜」と、それなりに好首尾の様子。○○○○、伏せ字にしてますが、私でも知ってる有名人!

森の空気をたっぷりすいこみ、車でササーッと下山、しようとした時、車道脇に「重要文化財 正善院黄金堂」の標識を見つけました。ナベさんが「へえ〜。知らないから行ってみようか」ということで脇道に入っていきます。そこは手向(とうげと読みます)という地区で、静かな宿坊街です。観光用の大型バスなどはこの道を使わず、さっきまで走ってたメインのバイパス道路を使います。観光スポットだけおさえたアリバイ作りの旅でなければ、ぜひ立ち寄ってほしいエリアです。こっちが本来の参道。正善院はその地区にあるお寺です。たどりついた黄金堂は、まさに改修中で、ぽっかり開いた脇扉から中の様子がちらり。外からも確認できる巨大な脚は金剛力士像のようです。入口の山門にも金剛力士像があったのに、お堂の中にもいるのはちょっと珍しいですよね。お寺の方に「写真は撮らないでね〜」と注意をいただきつつ、お話を聞くことに。

ここにはね、もともとこのお寺のご本尊だけでなく、羽黒山の出羽三山神社のところにあったお寺のご本尊(三山大権現)もいらっしゃるんですよ」。ははあ、廃仏毀釈だ。後で調べたところによると、羽黒山頂に寂光寺というお寺があって、その大金堂が羽黒山の中心だったのですね。それが明治の神仏分離令で廃寺になり、本地仏がここに引き取られ安置されているのだそうです。羽黒山は特に神仏習合の色濃い場所。「やっぱり本来の場所に戻し、本来の信仰に還るべきなんですよ」とお寺の方。聞きようによってはなかなか過激な発言! ということはあの金剛力士像も元来山の上にあったものなのかもしれませんね。

杉並区と練馬区の境界あたりの青梅街道、オリンピック向かいあたりに「出羽三山供養塔」というのがあるのをご存知でしょうか。江戸時代、出羽三山に行った記念……というか、近所の人への霊験のおすそわけのために、この塔を建てたのです。西荻からはるばる羽黒山まで歩いて行ったのだろうなと思うと、なかなか感慨深いものがあります。

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そうそう、正善院黄金堂の改修は終了したようです。秘仏の本地仏も近日ご開帳とか(ここ参照)。これを機に行ってみるのもいいかもしれません。

このあと、鶴岡市内に戻り、梅津菓子舗でからからせんべいほかを入手したのち、2日目の宿、温海温泉(あつみおんせんと読みます)へ。ナベさん、「ここまで来たら山形道より新潟まわって帰ろうかな」と言い残して一足早く東京へ。お気をつけて!(つづく。たぶん次がラスト回です)

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