羽茂大崎よいとこ(ピンクの象の紙はがしおまけ編その2)

(つづきです。前回記事はこちら)佐渡島までは、新潟港から佐渡汽船フェリーで2時間半。ジェットフォイルに乗ればもっと早く着くのですが、よっぽど急いでいるのでない限り、2時間半の旅情をただの「1時間の移動」にしてしまうのは、本当にもったいない! 今回は自動車ですからフェリー移動しか選択肢がないのですが、そうでなくてもやっぱりフェリーがオススメ。横になって休憩できるし。でも休む前に、やっぱり船内をひととおりはぐるっとまわっておきたい。

毛布を借りて(100円)場所を確保してから、船内一周開始

5月の日本海はおだやか

 

佐渡汽船フェリーのおけさ丸とすれちがい。

佐渡の港からはピンクの象が置いてある川茂小学校のお隣の地区、羽茂大崎にある大滝楽舎を目指します。今回の佐渡行きはここを拠点にさせてもらいました。この記事は、3日間お世話になった羽茂大崎レポートとなります。

 

スマホのほかに必要なもの

今回は東京で格安のレンタカーを借りました。カーナビはオプション扱いだったので、佐渡までは何度も行ってるし、もういらないでしょと思って「カーナビなし」を選択。スマホのナビで十分だしね。

とかナメたことやってたら、関越道に入る交差点をいきなり間違えて通り過ぎる失態。まあすぐ挽回できたのでよいですが。

スマホナビの最大の問題は、初動の方角がわからないことです。基本、手に持つものだから、「右です」「左です」というような指示が、進行方向が定まらないと有効にならない。だから最初は「東にすすみます」というふうに、方角をナビしてくれるんだけど、当然にしてどっちが東なのかがわからないのです。ああ、方位磁石があればなあ。次来る時は持ってこよっと。

 

佐渡のコーヒーパラダイス

めざす大崎は、羽茂川上流にある山あいの集落です。山中の「大崎」という名前が示唆するように、川が大きく馬蹄形に曲がっていて、岬状になっています。

羽茂大崎。中央奥が大滝楽舎

大滝楽舎は2010年に閉校となった大滝小学校を利用した郷土資料館ほかがある施設。到着日はちょうど、ここの校庭でイベントをやっているとのことで、事前に予約をしておいたのです。ちょっとだけ遅れてしまいましたが、まにあいました。

月1回開催の「大崎コーヒー天国」。この大滝楽舎でコーヒーを焙煎して各地で販売しているオケサドコーヒーの主催企画で、屋外で3種類のコーヒーの飲み比べをしながら、デザートをいただきます。草原となった校庭での茶会は、まさにコーヒー天国(パラダイス)。たどりついて最初にこの光景を見た時に、エミール・クストリッツァの映画『アンダーグラウンド』のラストシーンを思い起こしました。この校庭だけが切り離されてこのまま漂流してどこかにいってしまいそうな、不思議な感じ。西荻から約400kmの旅の終着点には、おいしいコーヒーが待っていました。

いつものことですが、佐渡に来ると、いろんな方が気さくに挨拶をしてくださるのです。それで最初は、「佐渡の人はいい人たちだなー」と漠然とした感想を持っていたのです。

ある時に温泉施設で、お風呂上がりの老齢の女性に「おつかれさまです」と声をかけられたことがあります。そしたら、その方がしばらくしたら戻ってきて「すいません人違い」とおっしゃった。似ている人がいて、どうやらみなさん、その人と私を間違えているらしい。

その人こそ、オケサドコーヒーをやっている澤村明亨さんなのです。帽子にメガネ、アゴ周りの雰囲気、一重まぶたなど、本人たちは言われてみればそうかなというくらいですし、こうやって並んでみるとぜんぜん違う気もするのですが、どうでしょう。お互いの帽子とメガネを交換して記念撮影。

ちなみに、帽子を脱いでも同じようなヘアスタイルです。

筍と竹と

ハロー!ブックスの田中さんが、せっかくだから夕食を一緒にどうですか、と誘ってくださり、この時期ちょうど取れまくっている大崎のたけのこをいただきました。大滝楽舎の管理をしている葛原さんが取ってきて、あちこちに配っているものだそうで、テーブルの上にたけのこづくしのメニューがたくさん。なかでもたけのこバター炒めはシンプルながら美味でした。

大滝楽舎の葛原正巳さんは、大滝楽舎にある膨大な民俗資料を管理しながらここをアトリエに、土人形づくりやわら細工、また昔のやり方に則った稲作実践などをされていて、まるで仙人のような風格がある方です。このあたりには葛原さんという姓が多いらしく、ふだんは屋号で「三十郎さん」と呼ばれ、地域の人に慕われています。

佐渡滞在3日目。三十郎さんにお願いごとをしていました。ピンクの象が竹細工でできているということにちなみ、佐渡のどこかで竹細工のワークショップに参加したいなあと思っていたんです。それも竹とんぼなどの竹玩具づくりではなく、かんたんな竹編みの体験をしたい。佐渡観光協会に問い合わせたところ、竹編みはかんたんにできないので、探したがなかったのお返事。それで自力で調べていたら、ふすべ村という施設の体験学習で竹玩具のワークショップを担当していたのが三十郎さんだったのです。ならばと直接電話をして竹編み体験のお願いをしました。「10年はやってないからのう、やりだしたら思い出すじゃろ」ということでご快諾をいただき、3日目は薪ストーブであたたまった三十郎さんの作業部屋で、竹編みのやり方の基本を教えていただくことになりました。

材料の篠竹

篠竹という細身の竹をわざわざ用意してくださっていました。これをナタで二つに割き、それをさらに二つに割く。それでも大きすぎたらさらに調整を繰り返し、ヒゴをつくっていきます。結局このヒゴづくりがむずかしくて、竹細工のもっとも重要な工程となります。これがうまくなるのに3年はかかるとのこと。

均等の太さになるようにナタの力加減を調整するのがむずかしい。
これは悪い見本。ナタが左手を傷つけることのないように注意。
割いた竹は切り出し刀で削り、大きさを揃えるとともに、節の部分を深めに削ってしなるようにします。
「ここまでできたらもう完成みたいなもん」と三十郎さん。ほんまかいな。
もちろんそんなことはありませんでした。交互に上下になるようになればいいのですが、意外とそれがむずかしい、というかよくわからなくなってきます。
するするとなにかを編み上げていく三十郎さん。

今作っているものは、野菜やこんにゃくなどをいれて大鍋で煮るためのザルなのだそうです。竹ひごづくりの難しさを考えたら、これ以上に細いヒゴをつくるのは、素人ではぜったいにムリ。竹細工の難しさが本当によくわかりました。

作業をしながら、三十郎さんからいろいろなお話を伺いました。「こうやって道具をつくるのも、結局は遊びみたいなもの。米作りも、本当はそれ自体が楽しい。今の世の中は、働いて稼いだ金を使って、それで遊ぶということばかりだけど、本当は、生活それ自体に楽しみや遊びがあるはず」「なんでもそうだけど、教わるという態度だと、間違えたとか失敗したとか、そういうことになる。でもこれは遊びで、遊びの中で試行錯誤しているうちにいつかうまくいく。竹細工だって作り直せばいい。ずっとやり続ければ失敗というものはない。

佐渡・羽茂大崎の三十郎さんの言葉、しみました。思い出すだけで、もうちょっとがんばろうかな、という気持ちになります。

羽茂大崎の名物

竹細工体験のあとはちょっと腹ごしらえ。地区内にある名物「大崎そば」の店「ちょぼくり」へ。

「ちょぼくり」というのは、この大崎に残る郷土芸能。踊れる人がわずかとなっていますが、それでも「大崎そばの会」を中心に今に伝えられています。酔っぱらい坊主が道端で金をもらう姿を踊った大道芸です。上記リンクの「大崎そばの会」のイベントの時に見ることができます。大崎そばの会というのは、大崎に伝わるそばをふるまい、そののち、そばをつくっていた人たちが舞台上で地域の芸能を披露するというもの。文弥人形のほか、相撲甚句、うちわ太鼓が小気味いい万歳芸などをやります。

ハロー!ブックス打ち上げの時に拝見したことがありますが、ほんとうにすばらしい! 佐渡に行く人にはぜひ見てほしいのですが、人数が揃わないと予約できないらしいのです。西荻発佐渡ツアーが実現したらば、必ずや「大崎そばの会」をコースに組み込みたいっ!

「ちょぼくり」に併設されているのがドーナツショップ「タガヤス堂」(←リンク先はとってもくわしくて写真もおしゃれ)。いやはやこの山奥にドーナツ屋とは。しかも人気店なのです。実は最初の日に一度行っているのですが、その時は売り切れ閉店で、この日はリベンジ。ドーナツは帰りのフェリーでおいしくいただきました。私たちのあとには、どうやってここまで来たのかよくわからない女子2人が、ドーナツを買っていきました。

こちらがちょぼくりの大崎そば。大崎のそばは、そば粉100%のいわゆる十割そば。にもかかわらずボソボソした感じがなく、のどごしさわやか。食べやすいのが特徴です。ほっと一息。

大崎の能舞台

2日目の朝方、大崎を少し散歩しました。田んぼにトキが来るという話を聞き期待していたのですが、結局会えずじまい。でもトキは大崎の人にとっては本当に身近な鳥なのだそう。

坂を上がっていったところにある大崎白山神社。境内に立派な能舞台があります。

大崎に限らず、佐渡にはこのような能舞台があちこちにあります。芸能の層の厚さ、歴史の厚さ。中でも大崎は「文弥人形」はじめ、伝統文化の継承が盛んな土地柄。とはいえこの能舞台は今はあまり使われていないのだそう。歴史あるものを残していくのは、本当に大変なことです。

『降魔』のこと

佐渡行きの準備をしている頃のこと。ちょうど仕事で演劇評論雑誌の「シアターアーツ」という本の製作をしていたのですが、その打ち合わせにいた能楽研究者の小田幸子さんに、ピンクの象を佐渡に運んだ経緯などをお話ししたら、「象が出てくる能があるんですよ」と教えてくださった。それちょっとおもしろそうと思って、小田さんから謡曲と解説文を送って頂きました。

この『降魔』という作品は、観世長俊の1520年頃の作。世阿弥活躍の頃より100年くらい後になります。

修行中の釈迦が菩提樹の下で座を組んでいる。するとそこに第六天魔王が化けた3人の女や、魔王の手下の象・馬・牛・羊、そして最後には魔王本人(後シテ)があらわれ、釈迦の邪魔をするが、釈迦が法力を用いて蹴散らすという内容。

能作の時代の最後期にスペクタクル的な作品が多く作られたそうで、この『降魔』も現代の戦隊モノや仮面ライダーのようなわかりやすいスペクタクルとなっていますが、現在は上演される機会はありません(2001年に復曲能として上演した記録あり)。

さて肝心の象は、間狂言として出てきて、なんとせりふがあります。悪い奴のまぬけな手下、つまりヤッターマンのボヤッキーみたいなポジションのようです。「思いのほか弱そうな者ぢや。さんざんになぶつて奉れ」などと言い、釈迦を襲うよう馬牛羊に指示を出すが、逆にやり込められ、「さてもさても苦々しいことかな」と悔しがり反撃するも、釈迦に出された獅子に追われて最後には逃げていきます。

謡曲と解説文は、ちゃちゃっと16ページの小冊子にしたてたので、佐渡で会った人たちに渡してきました。届く人に届いたらいいな。

本作は復曲能なので、かっちりした演出上の約束があるわけではないのです。だから、元・西荻のピンクの象が佐渡の能舞台に出演するなんていうことも、もしかしたらあるかもしれない。そんなわずかな期待を胸に。

そもそも能の小道具は竹細工でできています。『道成寺』の釣鐘しかり、『定家』の墓しかり。佐渡と竹がつながり、竹と象、象と能、竹と能がつながりました。どうなるかさっぱりわかりませんし、どうともならないかもしれませんが、今後の動きにも注目?

 

今回の佐渡行き報告はここまで。今後の元・ピンクの象は、ひとまずは紙を貼らず竹細工のままで、佐渡の夏頃のイベントに登場できるように準備を進めていくようです。その後また貼るのかどうか、あるいはもしかしたら竹の姿のままでいくのか。そのあたりの選択は佐渡のみなさんに委ねられていますが、いずれにしても最新情報はここでお知らせしていきます。

ともあれ、いちばんいいのは、西荻のみなさんにも佐渡に渡っていただいて、佐渡で直接、象の勇姿を見てもらいたいもんですなあ。

 

 

 

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