坂口安吾『西荻随筆』 (西荻ブックカバーチャレンジ2)

坂口安吾『西荻随筆』

SNSで流行っているブックカバーチャレンジ、西荻版。前回は有馬頼寧伯爵の『花賣爺』でした。2作目は 坂口安吾『西荻随筆』 です。「西荻」「西荻窪」がタイトルについている作品はいくつかありますが、そのなかでも発表年では一番古いものになるんじゃないかしら。

※ブックカバーチャレンジとは、7日間連続で、1冊づつ本を紹介、ただし内容までは紹介しない、その際に友人もこれをやるように巻き込む、というルールでSNSで流行っています。なお、この記事では、厳密なルールには則らず、内容も書きます。あと、大変なので連続では紹介しません。あしからず。

坂口安吾『西荻随筆』

戦後すぐの西荻窪を想像する一編

『西荻随筆』は、写真のちくま文庫版「坂口安吾全集15巻」に収録されています。でもこのシリーズを新刊で手に入れるのはちょっとむずかしいのですが、青空文庫に収録されているのです。10分程度で読めますので、まずは読んでみて。

坂口安吾 西荻随筆|青空文庫
https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/43151_31206.html

戦後まもないころ。行ったことのない西荻の店の「女給一同」から安吾に手紙が届く。安吾を名乗るニセモノが西荻窪の店で羽振りよく遊んでいるらしい。それで本物の安吾は釈明をしにその店へ行くことに。
西荻窪に降り立ったところを引用します。

西荻窪で降りる。マーケットを歩き廻ったが、この迷宮には日蝕パレスは見当らない。人にきいたら、分った。表通りの、焼け残りの堂々たる店であった。今は一階が喫茶室になってるだけだが、地下室も二階もあり、女給一同が揃っていた頃は、百人ぐらい居たろうと思われる大殿堂であった。西荻などと馬鹿にしてはいけない。アンゴ氏ほどの大人物が現れる以上、文士族は足がすくんで、とても階段をふむことができないような大殿堂が存在するにきまっているのである。

坂口安吾「西荻随筆」より

当時、西荻窪にはいくつかの「マーケット」があったことは火災保険地図(火保図)などでも確認できます。代表格はもちろん今の柳小路周辺。それから、パチンコ・ゴードンの場所。パン屋のサンジェルマンのとこもそんな感じだったというし、お茶の清風園・吉野家・ドトールのあたり一帯や、北銀座通りの三原堂あたりもいわゆるマーケットだったといいます。だから、最初に安吾が歩き廻ったマーケットがどこなのかはちょっとわからないのですが、そのあと「表通り」はきっと北銀座通りのことでしょう。では、そのどこに「女給が百人ぐらい居たろうと思われる大殿堂」というような立派な建物があったのか。

「西荻などと馬鹿にしてはいけない」店はどこにあった?

該当する物件がまだわからないのですよ。100人のホステスがいそうで、地下室まであったような「西荻などと馬鹿にしてはいけない」スケール感をもつ宮殿っぽい店。旧中島飛行機のお偉いさんが使っていたのでしょうか。結論を出す前にもうちょっと昔を知る人への聞き込みが必要だよなと思いつつ、これは坂口安吾の創作なんじゃないか、と思っています。エッセイのフリをした小説です。「焼け残りの堂々たる店」というのもあやしい。西荻はそもそも空襲被害がなかったので、そもそも街全体が「焼け残り」だったはず。だいたい、わざわざタイトルに随筆とつけるのも奇妙というもの。

紀伊国屋書店の田辺茂一あたりにこけし屋にでも誘われたのを思い出し、どこでもよかったのですがあえて「西荻」を選んだのではないでしょうか。ちなみに本作が発表されたのが1949年3月の「文学界」。こけし屋のカルヴァドスの会が誕生するのは同年12月18日です。さらに言うと、安吾がカルヴァドスの会に顔を出した記録はありません。当時の中央線文化圏への距離感を、安吾が本作に織り込んでいるようにも思えます。

冒頭の一文もいまひとつよくわからないんだよなあ。

丹羽文雄の向うをはるワケではないが、僕も西荻随筆を書かなければならない。どうしても、西荻随筆でなければならないようである。

単なる饒舌なようでいて、「西荻随筆」でなければならなかったところに、なにか創作上の秘密があるんじゃないか、そんなふうにも思っています。「日蝕パレス」というあやしげな名前もなにかのヒントなのでは? なにか知ってる人がいたら、ぜひ教えてください。

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