ピンクの象が佐渡に来た(2)羽茂温泉でシンポジウム

ハリボテのピンクの象が佐渡島・羽茂(はもち)の羽茂大市にて現地披露された、というのは先日の記事に書きました。

羽茂地区は旧・羽茂町。佐渡の南にあり、羽茂川を中心に、古くから穀倉地帯となっている小さな平野と山間部で構成されています。
ここの特産といえば、おけさ柿と洋梨のル・レクチェ、そして「はもちたろう」。お米の名前です。「はもち」って名前がすでにおいしそうなんですよね。

また、年間を通していろいろなイベントがあります。4月のおいらん道中、12月の羽茂大市など。特に有名なのは6月の羽茂まつり。中心となる羽茂本郷にある草刈神社菅原神社のお祭りで、みうらじゅんさんが『とんまつりJAPAN』という本でも紹介したした奇祭「つぶろさし」が特に有名。また当日には、草刈神社の歴史ある能舞台では、地域の人による奉納薪能もあります。

羽茂大市の起源は今回ちょっとわからなかったのですが、関東近郊のボロ市などと同様、近隣の人が農具を仕入れる市が発祥でしょう。農作業の苦労を互いにねぎらい、年末年始の準備をする行事。ピンクの象も元をただせば竹細工だし、農具とのつながりが見え隠れ。なんとなくなじみやすかったのもそんなところに理由があるのかもしれません。

羽茂大市ではおじゃるずさんが大道芸をやっていたり、羽茂独特のわらじと絞張馬のついたしめ飾りを販売していたり。

わらじと絞張馬(しめばりうま)。災厄を馬で蹴り、わらじで踏みつぶす、という意味があるという。

南佐渡で人気のドーナツ屋「タガヤス堂」さんが、炭火であぶった串ドーナツを売っていたりしていました。

羽茂大市の合間を縫って目当ての店にも。

和泉屋さんはちょっと懐かしい感じのケーキのお店。いただいたチーズケーキの上にはあんずのジャム。以前に行ったときにはバナナオムレットをいただきました。

和泉屋さん、外から見る限り、いろいろ売ってます。どちらかというと和菓子屋のたたずまい。和菓子もあります。

羽茂の田んぼ地帯ではトキを見かけることも多いそうです。また、立派な神社もあります。羽茂大市をやっている羽茂本郷には、能舞台を持つ草刈神社、少し離れた羽茂飯岡には、全国一ノ宮御朱印めぐりの最難関といわれる佐渡国一ノ宮度津神社(わたつじんじゃ)も。神社はまだいけてません。遠からずありそうな次の機会には必ず!と思ってます。

羽茂大市の日の夕方、翌日に控えたシンポジウム「ピンクの象会議」の出席者の一人であるちんどんの佐藤有美さんが、5歳男児とともに両津港に上陸。ゆみさんたちは東京の東久留米でやっている「東京花祭り」に出ていたため、1日遅れの到着となりました。

参考:東京花祭り

シンポジウムは度津神社にほど近い羽茂温泉「クアテルメ佐渡で開催10日の夜は歓迎会として、明日の会場となる畳の大広間で、佐渡で採れた寒ブリをどどーんといただくことに。羽茂温泉は、入るとすぐにすべっとした感触がたちまち味わえる美人の湯。硫黄のような匂いもなく、とってもいい温泉です。風呂上がりの寒ブリ、最高でした。

寒ブリ。一切れのサイズがすごくでかいのがこの写真では伝わらない。

参考:羽茂温泉


***

11日のシンポジウム「ピンクの象会議」は夕方からなので、それまでの時間ですこしだけ佐渡をめぐることに。朝は赤泊のカニ直売所「弥吉丸」で、びっくりサイズの試食をいただきつつ、びっくり価格のカニを購入、東京へ直送手配を済ませると、次に向かったのは佐渡歴史伝説館。等身大ロボットが伝える佐渡の歴史。ハイテク観光施設です。1Fはいずれも佐渡に配流となった人たちが登場します。

次から次へと出てくるハイテクからくり人形。薄暗いライティングの中、辞世の句を詠む順徳院、お経を唱える日蓮聖人、能面をつけたりはずしたりしながら舞う世阿弥など、大人でもちょっとこわいくらいの演出。同行した5歳児は「……ここ、ひとがいないよ!!!」とびびりまくりです。

写真は撮りませんでしたが、最後にたどりつくお土産コーナーでは、ジェンキンスさんのパネルが立っていて胸に「充電中」の文字。アメリカから北朝鮮、そして佐渡へとたどりついたジェンキンスさん。ここのおみやげコーナーでせんべいをつくりながら、観光客との記念撮影にも気さくに応じていたそうです。漂泊の人生を展示する施設で働かれていたのにも何かの因果を感じます。亡くなられたことがニュースで流れたのは、私たちが歴史伝説館を訪れた翌日のこと。

佐渡に行ったら魚介もいいけどおそばは食べておきたいところ。佐渡のそばは基本的に十割そばで、しっかりした歯ごたえが特徴です。しかしおそば屋さんにふられつづけ、けっきょく真野湾を一望できる民宿食堂の長浜荘へ。

今季最大の寒波がやってきて海は大荒れ。外には現実感のない絶景がどーんとひろがります。雨雪をよけて海鮮丼でほっと一息。

夕方、佐渡全域に暴風波浪警報が出る中、会場の羽茂温泉・クアテルメ佐渡へ到着です。

***

これ以降、写真を撮れなかったので、シンポジウム出席の古書カフェくしゃまんべ・竹内さんのツイートを転載します。竹内さんは佐渡の古民家を借りて手入れし、2拠点生活に近い形で佐渡と深く関わっている人。マンホール蓋の愛好家でもあり、また大道芸人でもあります。

シンポジウム「ピンクの象会議」は、羽茂地区の地域活性化シンポジウムということで、いろいろな活動をしている人を招いて、ピンクの象をきっかけとして佐渡でどんなことができるかを地域の人と話し合う会です。ピンクの象を受け入れてくれたハロー!ブックス実行委員会のみなさんが企画をし、私たち西荻案内所の2人のほか、前述の竹内まさのりさん、それから、ライターで製麺機マニア玉置標本さん、佐渡の音楽ユニット「婦人倶楽部」や「プーチンズ」のプロデューサーである曽根幹さん、西荻在住の編集者・金谷仁美さんと同じく西荻在住のWebプランナー・葛城真さんが参加しました。

会場はピンクのちょうちんが点灯し、なんともあやしげな雰囲気。とある方の蔵から出てきたというデッドストックの手ぬぐい(すべて羽茂に関するもの)を万国旗のように飾り、準備万端。

 

まずは西荻案内所から、ピンクの象がどのように誕生したか、なぜピンク色なのか、どれだけ西荻の人に愛されたかなどを説明、桜上水の竹細工屋「竹清堂」さんの取材から、竹細工のハリボテというものがこれまでどのように活用されてきたかなどを、写真をまじえて解説しました。

 

 

そうすると、会場にいた年配の方が挙手をされ口火を切りました。「東京者がへんなものを持ってきやがって」と怒られるのでは、とヒヤヒヤしていたのですが、さにあらず。
その方は、南佐渡がもともとマダケの産地だったこと、それに関連して竹刀づくりの名人がいたこと。地域には竹細工を作ることができる人がまだいること、新潟の有名なお祭り白根大凧合戦の凧に使われる竹は佐渡産であること、昭和30年代の佐渡観光全盛期には、おみやげとして竹で作ったものが生産されていたことなどを立て続けにお話ししてくださいました。別の方も参戦、たらい舟で有名な矢島経島に残る伝説で出てくる「矢」が、佐渡の竹であること、一説によるとエジソンが電球を発明するにあたってフィラメントとして使ったとされる日本の竹が、佐渡産だったのではというお話など、佐渡と竹との深い関係は、私たちが何となく感じていたよりはるかに上を行くものでした。
ピンクの象をきっかけに、羽茂のみなさんが「竹」という地域資源の記憶を次々と呼び起こしていくスリリングな展開。

今後については、佐渡の竹を使って小さな象をつくり、それを西荻に輸出しよう!というアイデアや、ピンクの象をきっかけに、西荻と佐渡の子どもたちが交流する機会が生まれないだろうかという意見、修繕にあたって今後、ピンクの紙をいったん剥がすことになるのなら、中にランプを仕込んで竹細工のフレーム自体を見せる機会があってもいいのではないかなどのアイデアのほか、羽茂以外の町でもピンクの象をイベントで活用したいというオファーに至るまで、さまざまな意見やアイデアが出て、老若男女問わず佐渡のみなさんの柔軟な思考に驚嘆しました。この島の、技術と意識と伝統の層の厚さ。ピンクの象を佐渡まで連れてきたのは間違いじゃなかったと確信し、会議中に何度も泣きそうになりました。

***

さて翌12日は東京に戻る日。宿泊しているふすべ村の窓をあけると一面の雪でした。はしゃぐ子どもたち。大人は一人ずつ外に出て、雪玉の的になります。

海は大荒れ、乗るはずだったフェリーは欠航。もしかしたら夕方の便は出るかもということで、とりあえず帰り支度をし、新穂(にいぼ)の潟上温泉へ。新穂は最後の純国産トキがいた場所。田んぼが広がる里山の風景が広がります。真っ白く雪化粧をした田んぼに、優美なピンク色を発見。「トキだ!!」。佐渡に来て4回目、ついにトキに出会いました。

新穂潟上温泉は、羽茂温泉とは違う泉質。塩化ナトリウム泉であったまります。佐渡の温泉めぐりもいいですよ。

参考:潟上温泉

ふたたび調べると、新潟行きのフェリーは運行決定との情報。
ピンクの象の今後に関しては、佐渡でたしかな手ごたえを得て、心もお腹も満足、温泉で極楽。
ぜひみなさんにも佐渡を味わってほしいです。西荻発の佐渡ツアーを企画したいなと夢見ながら、佐渡汽船フェリーのカーペット席で佐渡乳業のコーヒー牛乳を飲んで、進行方向に足を向け寝てしまうのでした。

 

 

Related posts

5 Thoughts to “ピンクの象が佐渡に来た(2)羽茂温泉でシンポジウム”

  1. yj

    初めまして。今年から子供が西荻窪で一人暮らしを始めるにあたり、いろいろと情報収集をしていたところ、思いがけず郷里の「羽茂」の字に出会い、驚きとともに鳥肌が立ちました。
    故郷を離れて三十数年、数年に一度帰る程度の縁遠い地になってしまいましたが、地域で元気に生活している人々の様子や、また新しく羽茂に親しみを覚えていただける人たちが多くおられることを、本当に嬉しく思いました。ありがとうございます。

    西荻窪、住みやすそうな街ですね。
    子供がお世話になります。
    どうぞよろしくお願いいたします。

    1. nishiogi_info

      羽茂、いいところですね。また近々行く機会があると思います。その時はこちらで報告します。
      西荻窪駅前のラックに入っている「西荻まち歩きマップ」は弊社でつくってます。お子さんに、「あれ便利らしいよ〜」とお伝え下さいませ〜!

  2. […] ハンドパンの演奏者はこの日20歳の久保田リョウヘイさんです。ハンドパンというのはスチールパンを発展させた楽器で、キッチン用品のボールのようなものを組合わせてUFOというかカルメ焼きというか、そういう形にした楽器で、たたく場所によって音階がちがい、なんとも神秘的な音が出ます。 本企画プロデュースの曽根幹さんとは、昨年12月に佐渡で行われた「ピンクの象会議」でご一緒した縁があり、佐渡の覆面アイドルユニット「婦人倶楽部」なども手がけている方。舞台衣裳などもしているTrès treさんとのご縁があって、こちらでのライブとなったそうです。 […]

  3. […] ピンクの象の佐渡での活躍については、こちらの記事やこちらの記事もチェックしてみてください。 […]

  4. […] 西荻窪の商店街アーケードにぶら下がっていたピンクの象。先代(二代目)が佐渡に渡ったというのは、これまでに何度かお伝えした通りです。昨年の西荻ラバーズフェスのころに電撃引退。その半年後の昨年9月に佐渡に移送し、12月の羽茂大市で佐渡のみなさんにお披露目され、今後について話し合うシンポジウムも行われました(過去記事へのリンクを上記につけてますので、合わせてお読みください)。 […]